政府と電力会社の癒着~「原子力国家」(カント)の出現

9月19日、東京地裁は東電元経営陣に「無罪判決」を言い渡しました。


「東電元経営陣3人に無罪判決=津波の原発事故で強制起訴」  津波が予見できなかったとの判断です。東京電力福島第1原子力発電所の事故をめぐり、業務上過失致死傷の罪で強制起訴された、東京電力の元会長、勝俣恒久被告ら3人の被告に対する判決公判が東京地方裁判所で午後行われ、永渕健一裁判長は無罪を言い渡しました。

 公判では、2011年3月の東日本大震災での巨大津波を予見できたかが主な争点となっていましたが、判決は「津波を予見する可能性はなかった」と判断しました。

 検察官役の指定弁護士側は、3人が震災前、10メートルを超える津波が予想されると聞いており、「安全対策のため運転を止める義務があった」と主張していました。

 判決は「巨大津波があるとの見解は、信頼性に疑問があった」とした上、「対策工事の完了まで、原発を止める義務はなかった」としてしりぞけました。(9月20日放送の情熱報道ライブ「ニューズ・オプエド」AIニューズヘッドライン)より


本判決は2011年3月から指摘し続けた『原子力国家』(カント)の出現に他なりません。


7年前の2012年に発売された『大手メディアが隠すニュースにならなかったあぶない真実』(PHP研究所)に予見的に記しています。拙著から抜粋して一部ご紹介します。なお、上杉隆のメルマガ、「ニッポンの問題点」でも紹介しています。


https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-80312-8


                    ※


福島第一原発事故が発生した直後から、私は福島第一原発3号機の設計者の一人である上原春男(※1)・元佐賀大学学長とコンタクトを取っていました。上原氏はMOX燃料が使われているプルサーマル 3号機の冷却装置の設計者です。当時は名前を出せませんでしたが、メルトダウンの可能性があること、プルトニウムを含むMOX燃料(※2)が使われている3号機がどうなっているかということなどをずっと聞いていました。


いま振り返ると、結果として上原氏の予測はすべて当たっていました。ところが私が上原氏の話をラジオやメルマガなどで発信すると、「デマ野郎」という称号をいただくことになります。「嘘杉隆」とも呼ばれました。私が上原氏から話を聞いて受けた印象は、今回の原発事故が震災によるものではなく「人災だ」ということでした。上原氏はかつて設計した3号機の設計図を見ながら、しきりと首をかしげていました。


「おかしいな。非常用冷却装置、IC(非常用復水器)が作動しているんだから、ここには水が溜まってくるはずなのに」私は原子炉の専門家ではないので、最初はなんのことだかわかりませんでした。しかし、理由を聞いていくと、「自分が設計したんだから、非常用冷却装置がないはずがないんだ。でも、東電からの図面を見ると、非常用冷却装置がなくなっているんだよ」結論を言うと、上原氏が設計し、一度は設置されていたはずの非常用冷却装置のうちの一つは、2003年に取り外されていました。つまり、東電から提供された図面の通りだったのです。


それでは、なぜ、設計したはずの冷却装置が取り外されていたのでしょうか。じつは2003年、自民党政権の平沼赳夫経済産業大臣の時に取り外すようにとの省令が出されたからなのです。


最後の安全装置ともいえる非常用緊急冷却装置が取り外された理由は、「原発の安全神話を守る」ためでした。非常用冷却装置は大きな原発事故が起こった場合にしか使われません。そのため「原発は絶対に安全だ」という安全神話と矛盾する存在だと認識されてしまったのです。その経緯は国会でも審議されていますが、2001年に浜岡原発で水蒸気漏れを伴う配管事故が起こったことが引き金です。この事故は新聞などで小さく「水蒸気漏れ」と報じられただけでしたが、後から国会の資料を取り寄せてみると、実は爆発事故が起きていました。


この時、かなりの量の放射性物質が放出されたのですが、緊急冷却装置が作動したことで、発電が止まってしまいました。これは、爆発事故に際して、非常用緊急冷却装置が設計通りうまく働いたことを意味しているのですが、その間、原発が止まってしまったことの方が問題視されたのです。まったく考え方が逆転しています。「安全のために緊急冷却装置が作動して原発を止めた」のに、「原発が止まったということは大変なことだ。止めたら事故の可能性があることがバレてしまう。これからは原発が止まらないようにしよう」となったのです。そして緊急冷却装置の最初の部分を外そうということになり、その配管を浜岡以外のすべての原発からも取り外そうという判断が働きました。こうして福島第一原発からも緊急冷却装置の一つが取り外されていたのです。


しかし、緊急冷却装置は1つだけではありません。第2、第3の緊急冷却装置もありました。ところが奇妙なことに、今回の事故ではその2つまで止まっていたのでした。なぜ、第2、第3の緊急冷却装置も作動しなかったのか。それを探るために原口一博衆議院議員などの国会議員が資料の開示を要求しました。3月末になってようやく出てきた資料を見ると、3月11日に緊急冷却装置が止められた形跡があることがわかりました。上原氏はその資料を見て、「おかしいな。おかしいな。自動的に動くものが、なぜ止まっているんだろう。それも何回も止まっている」と首をかしげていました。3月11日の停止については、川内博史衆議院議員が原子力安全・保安院に開示を要求し、8月17日になってようやく正式な文書での回答がありました。


しかし、最初に出てきた資料は真っ黒な黒塗りで何が書いてあるのかわかりませんでした。その後、再度の情報開示を要求したところ8月末にようやく黒塗りではない状態で出てきました。その資料を見ると、今回の事故が本当の「人災」であることがわかりました。吉田昌郎所長の下にいるオペレーターが、人為的に3回、非常用緊急冷却装置を止めていたことがわかったのです。実は東京電力のマニュアルには、「緊急冷却は原子炉を傷める可能性があるため、55度に低下した段階で緊急冷却を止めること」という記載があります。


オペレーターは原子炉が傷まないよう、マニュアル通りに人為的に緊急冷却装置を止めてし まったのです。このマニュアルは、「原子炉を守る」ためのマニュアルで、「人命を守るためのマニュアル」ではありません。その結果、自動的に作動した緊急冷却装置を3回止め、その間にまた原子炉が空焚き状態になりました。原子炉内の温度が上がると、あわてて緊急冷却装置のスイッチを入れる。そして冷却のために少し水位が上がる。しかし、そのまま緊急冷却を続けると原子炉が傷むので緊急冷却装置を止める。そしてまた炉内の温度が上がる。そしてまた緊急冷却装置のスイッチを入れる。これを3回繰り返し、結局、冷却装置 を止めたままにしていたのでした。


その結果、3月12日未明、午前2時~3時の間にメルトダウンが始まりました。つまり福島第一原発の事故の要因は一つは「人災」だったのです。当然ながら、物理の法則は世界共通です。そのため世界中の新聞・メディアは「空焚き状態にあるのなら、少なくとも数時間でメルトダウンが始まる」という記事を書きました。私も東京FMの特別番組の中で「ワシントン・ポストはメルトダウンの可能性を報じています」とソースを明らかにして伝えました。ところがその瞬間、日本の多くの知識人たちは一斉に私のことを「デマ野郎」扱いし始めたのです。8月になって資料が明らかになると、原口議員や川内議員、そして鳩山由紀夫元総理も「これは人災だ」と発信しました。しかし、大手メディアはそこを一切無視しました。なぜならこの事故が「人災」ということになってしまうと、原子力損害賠償法によって東京電力が免責される道が閉ざされてしまうからです。この人為的なミス、ヒューマンエラーについて、新聞・テレビはほとんど報じませんでした。しかし、2011年12月になって、ようやくNHKが放送しました。

緊急冷却装置が働いていれば少なくとも7時間はメルトダウンが抑えられたのに、オペレーターが急に止めてしまったために抑えられなかった。その間に何かできたかもしれない、と報じました。「ようやく報じたか……」私がそう思った瞬間、驚くべきナレーションが入り ました。


「ICと緊急冷却装置は津波によって破壊されました」


それまで「人災」と言っておきながら、急に津波のせいにしたのです。一つの番組内での自己矛盾に私は開いた口がふさがりませんでした(以上、拙著より引用)。



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